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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)1838号 判決

原告

関口郁男

右訴訟代理人

豊蔵利忠

被告

香西正昭

右訴訟代理人

坂本好男

河内保

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、賃金業者であるが、昭和五一年九月釣具店等を経営していた久井金次郎・久井秀子夫婦から融資を依頼されたので、公正証書の作成を嘱託する代理権を授与する旨の印刷文字の入つた委任状用紙二通を交付し、これに保証人として被告の押印を受け印鑑登録証明書を添えて提出するように要求した。

2  被告は、歯科医師で秀子の実弟に当り、金次郎・秀子夫婦が銀行から金員を借受ける際同夫婦の依頼を受けて連帯保証をしたことがあつたが、右連帯保証をなすに当つては、銀行担当者の来訪を求めて利息・返済方法などの説明を受けたうえで契約書にみずから署名押印していた。

3  秀子は、前記のとおり原告から保証人に被告を要求されたが、いわゆる街の金融業者から金員を借用するについて被告に保証人になつてもらうことはできないと考え、原告からの借用に使用するつもりであるのにこれを秘し、昭和五一年九月下旬ころ以前から保証人になつてもらつている銀行からの借入について支払延期を求めるのに必要であると虚偽の事実を告げて被告の印鑑を借受け、前記委任状用紙二通の委任者欄に押印し、右押印された印影の上方に被告の氏名を記入した。これより先の同年八月二四日、秀子は、被告が保証している銀行からの金員借用の切換に必要な被告の印鑑登録証明書を、被告の承諾を得てその代理人として区役所から交付を受けたのであるが、その際一通しか必要でないのに余分に四通交付を受け、手許にこれを秘匿していた。

4  原告は、昭和五一年九月下旬ころ秀子から、被告及び金次郎・秀子の氏名が記載され、その名下に各印鑑が押捺されている白紙委任状二通と、右三名の印鑑登録証明書各一通の交付を受けたが、被告の印鑑登録証明書は前記のとおり秀子が余分に交付を受け秘匿していたもので、被告に無断で使用したものである。同年一〇月五日ごろ原告と秀子との間で、原告が金次郎に対して、被告及び秀子の連帯保証のもとに、三〇〇万円を弁済期昭和五二年一〇月四日などと定めて貸渡す旨の合意をし、原告は、右委任状一通に、被告・金次郎・秀子の代理人として関口礼子の氏名を記入し、債権者・債務者・債権金額・弁済期・利息(年一割五分)・遅延損害金(年三割)・連帯保証人などの欄に必要事項を記入したうえ、これと前記印鑑登録証明書を使用して、右内容の金銭消費貸借契約について公正証書作成の嘱託をした。

5  右作成嘱託に使用されなかつた他の委任状には、昭和五一年一〇月五日債権者原告と債務者金次郎の間で、取引元本極度額を三〇〇万円、取引期間を一〇年、利息を年一割五分、遅延損害金を年三割とし、右極度額の範囲内で随時反覆して金銭消費貸借・手形割引等の金融取引を行うことを約した旨、被告及び秀子は、金次郎が右取引により負担する債務について、債務元本三〇〇万円を極度として連帯根保証をする旨、金次郎・秀子及び被告は、関口礼子を代理人として右合意について公正証書作成を公証人に嘱託する権限を委任する旨の記載がある。

右のとおり認められる。〈証拠判断略〉

なお、〈証拠〉によると、原告は、被告に面接したことはないが、前記4のとおり秀子と金員貸付の契約をする前に、電話で被告に対し、金次郎・秀子夫婦と被告との関係を確かめ、同夫婦に二、三百万円貸付けるつもりであり、同夫婦は被告を保証人に立てると申出ている旨告げたところ、診察中であつた被告は即座に「いいですよ。」と答えたので、右契約の内容についてくわしく説明することなく電話を切つたことが認められる〈反証排斥略〉。しかし、〈証拠〉によると、当時被告は、保証契約の成立には必らず書類に押印しなければならないもので、後日原告が書類を持参する際に、貸主(高利の貸金であるかどうか)、貸金の額、金次郎・秀子夫婦の返済能力などを調査したうえで保証するかどうかを返答すればよい、高利貸からの借金であれば保証をしなければよいと考えていたので、右返答も原告に来訪してもらつてよいとの趣旨で述べたものであることが認められるので、右電話による応答は前認定の妨げとなるものではない。また、被告作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき〈証拠〉によると、金次郎振出・被告裏書の金額二〇〇万円・満期昭和五二年三月三〇日の約束手形が原告に交付されていることが認められるけれども、〈証拠〉によると、被告の保証している銀行からの金員借用の切換に必要である旨秀子が被告を騙して右裏書を得たものであることが認められるので、右被告裏書の手形が原告に交付されている事実も前認定を左右するものではない。

前認定の事実によると、原告主張の連帯根保証契約締結は、秀子が被告を代理して原告との間でなしたものであり、秀子は右契約締結について代理権限を有しなかつたのであるから、被告自身又は秀子を代理人として被告との間で、右契約が有効に成立したとする原告の主張は理由がない。

二進んで、原告の表見代理の主張について検討する。

前認定の事実によると、秀子は、昭和五一年九月下旬ころ原告に対し、委任者欄に被告の記名押印のある白紙委任状、被告の印鑑登録証明書を交付し、右記名押印は被告の意思に基づきなされたものであるから、被告は秀子に代理権を付与したことを第三者に表示したものであると一応認めることができる。右記名押印が秀子の欺罔行為に基づいてなされたことは右認定を左右するものではない。そこで、原告が悪意・有過失であるとの被告の主張について考えるに〈証拠〉によると、原告が金次郎へ金員を貸付けるにあたつて秀子に被告をその保証人とするよう要求した際、秀子は、原告のように街の金融業者からの金員借用について被告に保証人になつてもらうことはできないと考えていたので、原告に対し、直接に被告に保証意思を確認したりなどしないように依頼し、原告もこれを了承したことが認められる(右認定に反する証拠はない)ところ、貸金業者である原告としては、秀子の右言動からして、右委任状に表示の保証に関し秀子が被告を代理する権限を有するかについて疑念を抱くのが当然であり、したがつて、このような事情のもとでは、被告の保証意思の確認にとくに留意すべきであつたのにかかわらず、前認定のように、原告は、被告と電話で簡単なやりとりをしたのみで、契約の内容についてくわしく説明することなく、もとより被告に直接会つて保証意思を確認したこともなく(なお、原告が被告方を訪問し被告の妻に面接して金次郎への貸金、被告の保証について説明したとする〈証拠〉部分は、〈証拠〉に照らし採用できない)、秀子から前記委任状及び印鑑登録証明書の交付を受けて、被告との間に保証契約が成立したものと考えていたものであるから、右契約締結について秀子に被告を代理する権限があると信じたとしても、信ずるについて過失があつたと認めるのが相当である。したがつて、秀子のなした行為について民法一〇九条により被告の責任を問うことはできない。

また、原告は、秀子は銀行から融資を受けるについて被告か保証することの代理権を被告から付与されていた旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて、銀行との保証契約締結を被告がみずからなしたことは前認定のとおりであるから、右主張の代理権を基本代理権とする民法一一〇条所定の表見代理が成立する余地はない。仮に、右基本代理権の存在が認められ、原告において秀子が保証契約締結について被告を代理する権限を有するものと信じたとしても、前認定の事実関係のもとにおいては、原告が右のように信ずるについて正当な理由があつたとは認めることができない。原告の右表見代理の主張も採用できない。〈以下、省略〉

(金田育三)

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